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LANCIA FORREST おまけ
テクノ企業法務日誌34 契約紛争とADRによる解決 弁護士大澤恒夫
*OEM供給をめぐる揉め事の勃発
私どもの会社X社は主として産業用の精密測定装置の製造やソフト開発を行ってしますが、このたびある顧客、つまり当社に製品の製造供給を発注したY社との間で、契約の解釈をめぐって揉め事が生じてしまいました。このままでは莫大な損失になりかねない事件です。私は総務部長をしておりますが、営業部隊では押し切られる一方で解決がつかないので、社長から私に解決の算段をつけるようにとお鉢が廻ってきました。
一昨年締結したY社との契約で、私どもX社は今後3年間でY社向けに開発した半導体製造ラインで使われる測定装置200台以上をOEM供給することになっております。契約1年目に30台のオーダーがあり、2年目(昨年)には50台のオーダーがあって、いずれも納入済みですが、3年目の今年になってY社から「今年以降の注文は見合わせたい」といってきました。今まで合計80台の注文があったのですが、あと少なくとも120台の注文を貰わないと当社の開発費や用意した資材の調達費も回収できず、大きな赤字を生じてしまいます。
このようなことになってしまいましたので、たまたま関係している会社の紹介で昨年法律顧問になってもらったばかりのL弁護士に裁判をやってもらうよう、相談に行くことにしました。Lさんには事前に契約書をFAXしておきました。
*L弁護士に相談
L事務所は植木屋さんの多い郊外の住宅地の中にあり、会議室の窓からは隣の木々の緑が目に入ります。挨拶を済ませて早速相談に入りました。
「FAXで契約書を頂き、揉め事の概要も伺っておりましたが、もう少しお聞きしたい事があります。この基本契約書には『Xは3年間で200台以上を発注するよう努力する。数量、単価、納期その他の条件は発注の都度、別途個別契約によって定める。』となっていますが…」
*基本契約と個別契約
「あ、個別契約書を送ってなくて済みません。きょう持ってきました。」
「どれどれ…この個別契約書を見ますと、一昨年と昨年の発注のものですね。一昨年のは、30台の装置を1台単価100万円、納期は9月15日にて注文する、という内容になっていますね。それから昨年のは同様に1台100万円、合計50台、納期6月20日、となっていますね。」
「そうです。」
Lさんは腕組みをして「うーん…」と言ったまま、目を瞑ってしまいました。
「何かまずいですか?」
「この基本契約と個別契約だけからしますと、『3年間で200台』というのは単なる努力目標で、法的に確定している義務ではない、個別契約で発注しない以上、残りの120台は購入する義務はないという議論が出てきそうですね。」
「Y社はそう言ってました。でもそれはおかしいんです!」
*契約の前提条件
「どうしてですか?」
「そもそも今回の装置は、Y社がどうしてもと言って当社にY社ブランド向けの特殊仕様のものを開発してほしいと依頼してきたもので、その際もY社担当者は『少なくとも200台は購入するから』と明言していました。」
「なるほど」
「それから第1回目のオーダーのとき1台単価を100万円に決定したとき、Y社は『200台は間違いないし、市場の状況でもっと激増するかも知れない。』と言っており、その単価設定について当社の開発費と資材費、人件費などを考慮して200台の注文で多少の利益が出る程度に低く設定し、利益は今後の発注増加分で稼がせてもらう、ということにしたのです。」
*いざ訴訟?その前に!
「そうですか。Y社の言葉を信じて200台以上は間違いないということで単価を安くしてあげたら、今年になってもう注文はできないと言ってきた、と。」
「こんな仕打ちは許せないですよ。このままだとこのプロジェクトだけで赤字が最低でも5千万円以上出てしまうんです。社長からも言われていますし、Lさん、ぜひ裁判を起こしてほしいのです!」
「ちょ、ちょっと待ってください。本件と似たような事件で訴訟になり判決が出た事案がありますので、ちょっと紹介しますと…」
L弁護士は、ラップトップパソコンを持ってきて、その場でキーボードをたたいて判例のデータベースで過去の訴訟事件の検索をしました。すぐにその事件が見つかったようで「これ、これ」と言って説明をしてくれました。その判決の事件(東京地裁平成9年1月24日判決)では、タイ語のワープロ専用機を3年間で5000台以上発注する義務があるかどうかが争われました(その事案では5000台中1000台は納入済みになっていたようで、あと4000台注文がないことによる損害が約5700万円あるとして賠償請求がなされました)が、裁判所は、明確に合意された文書で単価や数量が定められていないことなどから、発注義務はないと認定したということでした。
*判決によるAll or Nothingの処理とリスク
「この訴訟事件では結局当社と同じ立場の原告の請求は全面的に棄却され、損害の回復はまったくできませんでした。このように訴訟で判決が下される場合、All or Nothingの処理が行われてしまうことが多いので、非常にリスクがあります。」
原則的に言って訴訟というものは、証拠によって事実を厳格に認定し、その事実に法律やその解釈を当てはめて、法律の要件を満たすかどうかの結論を出す、しかも処理の内容は損害賠償請求権の有無といった法律が予定している形でしか取り上げられず、「要件」の一つでも満たさないとなればゼロ回答になってしまう、という構造を持つものだそうです。先ほどの訴訟事件でも「発注義務の有無」という争点が特定され、「発注義務はない」という判断で、「請求棄却」になった訳です。
*話合いを通じた実質的に妥当な解決
L弁護士によれば、このような事件の場合を含めて一般的なトラブルでは、両当事者のどちらかだけに100%の落ち度や悪さ加減があって、All or Nothingの処理こそが正しいといえるようなものは、あまりない。むしろ、事案の内容に応じて、30対70とか、40対60とかというような感じで双方にそれなりにうなずける理由があり、これに対応した中間的な解決こそが当事者に納得のゆく解決をもたらす事案の方が多いし、あるいはもっと柔軟に今後の何らかの関係形成を通じて将来的な解決を図るというような内容もあってよいのではないか。そのような解決を当事者自身が主役となって同席での話し合いによって探求して行くのが、まずもって必要なことではないか、というのがL弁護士の考えだということでした。
*ADRとは?
「訴訟以外の方法で紛争の解決を図る方策としては、今言いました当事者自身が双方で話し合いの場をもって相対交渉で解決を図って行くという方法がまず第一に模索されるわけですが、それが難しい場合でもいきなり訴訟ではなく、別の方策がいくつかあります。これらを英語でAlternative Dispute Resolution、略してADRといい、日本語では代替的あるいは裁判外紛争解決制度などと訳されています。具体的には以下のような各種の調停や仲裁などの制度です。」
L弁護士によれば、簡易裁判所で行われる民事調停、家庭裁判所の家事調停、弁護士会が開設している仲裁センター、日弁連などの交通事故相談センター、各種PLセンター(生活用品、自動車)、工業所有権仲裁センター、消費生活センター、日本クレジットカウンセリング協会、都道府県などの建設工事紛争審査会、公害等調整委員会、国際商事仲裁協会などが日本の代表的なADRだそうで、非常に多方面にわたった制度があるようです。
「ずいぶん色んなヤツがあるんですねえ。でも、当事者同士の話し合いで解決がつかない事件は裁判で決着をつけてもらうのが本来の姿なのではないですか?」
*ADRにおける話し合い解決
「弁護士の私が言うのもなんですが、必ずしもそうだとは思いません。」
「といいますと?」
「まず、話し合いで解決がつかないと言っても、ちゃんとした話し合いをしていないケースが多いのです。ちゃんとした話し合いというのは、本当に双方の当事者が冷静に話し合いのルールを守りながら相手の言い分に耳を傾け、当方の考え方も十分に相手に聞いてもらって、相互にアイディアを出し合いながら解決を模索するというプロセスを踏む必要があります。このような話し合いのプロセスの運営は実際にやってみると、ある意味で裁判よりも大変なのですが…」
「ADRというのはやっぱり話し合いによる解決なんですか?」
「いや、例えば仲裁は最終的には第三者である仲裁人が双方の主張立証を踏まえて仲裁判断を下す手続きですから、どちらかといえば裁判に近いものです。ただ、各種の仲裁機関でも仲裁手続に至る前に実際上、調停を試みることが多く、調停で解決がつく事案も多いのです。」
L弁護士はここ数年、ADRを含む話し合いでの紛争解決プロセスについて研究をしているとのことで、昨年もニューヨークに行って現地のADRの実情を調査してきたそうです。
*アメリカ「訴訟社会」でのMediation
「よくアメリカは『訴訟社会』などといわれますが、日本と同じで訴訟が莫大な時間、費用、労力を要する上に当事者自身が納得のゆく解決に至らないことも多いということで、人々は訴訟にうんざりしていると言うのです。」
「それは意外です。」
「そのためMediation(調停)などのADRが活発に利用されるようになっているようです。」
L弁護士がみてきたニューヨークの様子は、次のようなものだったそうです。
@ ニューヨークにおけるMediationは、裁判所付属のもの、慈善団体などが運営する近隣調停センターが行っているもの、私設の事務所が行っているもの、紛争解決会社が行っているもの、アメリカ仲裁協会(AAA)が仲裁の前に行っているもの等が主要なものである。
A Mediationの理念として、紛争は当事者自身が話合によって解決するのが一番であり、紛争当事者間の話合を促進する(Facilitate)のがMediationの役割であるという考えが強調されている。その考え方の下では基本的に当事者の法的主張の当否を評価したり前提事実の調査は行わず、当事者のニーズを当事者自身に発見させ、またこれらに対応した解決(特に今後の当事者間の関係形成に重点が置かれる)を当事者自身に掴み取らせることが目指される。
B 隣調停センターを運営する慈善団体は、当事者の対話の促進と揉め事の解決を通じコミュニティの再建を行うことも考えている。更に学校や家庭における対話の促進のため出張教育も行っている。
C Mediationによる相手方との対話を通じて当事者自身が前向きな姿勢に変貌を遂げることを期待するTransformativeなMediationを行っている調停者もいる。
*訴訟の前にまず話し合いによる解決模索を
「先ほども申し上げましたが、話し合いによる解決では、お互いの考えを直接ぶつけ合う中で、相手方の事情もこちらに伝わってきますし、こちらの事情も伝えられる、そしてその事案の実情を踏まえて合理的で柔軟な解決を目指すことも可能になってきます。よほど悪意のある相手方なら別でしょうけれど、ちゃんとした会社なら何らかの理由があって現在の状態に至っているはずですし、解決をしたいという気持ちは同じだと思います。これまでの経緯や当社の実情も率直に示し、また相手の事情もよく聞いて、話し合いをしてみるべきではないでしょうか? もちろん話し合いは冷静かつ粘り腰でする必要があります。」
「確かにY社からもう発注できないといってきたのを聞いて、当社としては騒然とするは、営業はY社に縋り付きに行って追い返されてくるわで、ろくに話し合いらしいことはしていませんでした。」
*紛争予防と弁護士の活用
「それから一番大事なことですけれど、今回のような争いが起こらないように事前の対策を講じることが重要です。」
「といいますと。」
「今回の基本契約では『3年間で200台以上』といいながら、単価、数量、納期は別途個別契約ごとに定める、というだけの条文になっていた訳ですが、もう少し工夫をしておいたほうがよいと思います。」
「例えば、『単価決定はXの開発費、資材費、人件費に適正利益を考慮し、200台発注をベースとして決定する。3年間の注文が200台に満たないときはXの開発費等の回収不足を生じないよう、それまでの発注単価を遡って増額調整する。』というような条文や覚書を締結することだと思います。」
「なんか最初からそういう話を契約書ではっきりさせるというのは、商売上…」
「ビジネスにはリスクはつきものですが、そのまま負ってよいリスクとそうではないリスクとがあり、経営上少なくとも事前にどちらとするのかを明確にさせる必要があります。商売の話でも契約ははっきりと条件を決めることは常識になってきていますから、率直に話して交渉すべきです。社内の監査上も契約での取り決めが必要で、法律顧問もうるさい、と私のセイにして頂いても結構です。」
「なるほど」
「それから、このようなリスクのありそうなビジネスをされる場合、契約締結前に私に相談していただき、契約書案の段階でいろいろな工夫を考えてみるようにしていただきたいと思います。」
「これからは是非そうさせていただきます。」
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Y社には話し合いを申し入れて、冷静かつ粘り腰で交渉をしてみます。また今回のことを教訓にして、契約案件でも顧問弁護士を活用しようと思います。
(おわり)
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